重松語録

「骨の耳」

頭の真上を大きな鳥が飛んでいくとき、関節のきしむカコカコという音が空気の振動とともに私の骨の中に伝わってくる。そん骨が耳をすませる一瞬は、テレビの画面で鳥が飛んでいるのを見るのと全く違った感覚である。見ること聞くことが、頭の中で情報として分類され、処理されていく日常は味気ない。物や情報が満ちあふれ、それを追いかける複雑な現代生活の中には,時として生きていることのリアリティーがない。
私の作品は「何かである」という確かな意味を持たない。
ある一瞬、そこにそうして存在していることを感じる。その感覚を形と色で表現したいと思っている。
私は作り始めるとき直接粘土で考える。紙に描くことはほとんどしない。小さなな粘土の固まりを手の中で触っているうちに、粘土は様々に形を変えていく。ある時は鳥や貝や植物の根の様な形にも見える。私の指先は、遺伝子の記憶の中にある形を選んでいるようにも思えるが、自分の頭で理解できない生命体の形が見つかったとき、私は少し嬉しくなる。快さと心地悪さの両面を持っている不思議な形に私は惹かれる。
小さなマケットをもとにして、手びねりで作品を大きく作っていく。表面を削って整え色化粧をして石で磨く。低温(950C)で焼成するため、色は窯の偶然に左右されることはない。
色は私の作品の中で重要な要素の一つである。反対の色を少しずつ混ぜていくと、色は無彩色になっていく。その課程に私は不快感をともなった快感を覚える。色は音楽に例えると、音色のようなものだと思っている。音色は西洋の楽譜では書き表せることはないが、日本の伝統音楽では音の高さや長さではなく、音色を言葉として楽譜に表す。
私はわびさびといった日本情緒的な感覚にのめりこむのは好きではないが、音色を言葉として表現する日本人の感覚を大切にしたいと思っている。