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Gallery Shimada deux

アトリエの武内ヒロクニ展> 2006.7月22日(土)〜8月1日(火)

色鉛筆画家 武内ヒロクニ

武内ヒロクニ展 異端にして反俗。ときに狂気の画家、武内ヒロクニ画伯に雑誌「きのこ」のために"きのこ"描いてと電話した。画伯はいま、毎日新聞夕刊に毎週、有名人の食べ物を巡るエッセイに特大色彩異彩画を連載している。瀬戸内寂聴、妹尾河童、田辺聖子、山口洋子などの「お好み焼き」「カステラ」「そば」「ごぼう」などを苦心の跡を見せながら描く。そこで「きのこ」を注文した。武内キノコは煮ても焼いても食えない。貧にして苦、酸にして辛、狂にして毒である。

 でも画伯の鉛筆画はそれらを肥やしにして、哀しくも美しい。混沌の戦後、猥雑な現代を、地べたを這うように、地下でも天上でもなく、最もB級なところに確実にミートしながら、きりもみのように翻弄されながら、主体であろうとしながら、はじきだされ、正統であろうとしながら異端となる。かれの捩じれに捩じれた性格が生み出した「都市曼荼羅としての鉛筆画」の美しさに感動する。
 そこで現出したヒロクニワールドの美しさは、まさに彼だけのもの、彼の生きてきた軌跡、オリジナルな美に溢れている。記号化されたモザイクの隅々まで彼の生きてきた時代、空気、埃、淀み、流された血、精液などが塗り込まれている。それが時間の経過のなかで相対化され浄化され、記憶の断片として提示されている。
1937年(昭和12年)生まれ、奄美・徳之島の祠やガジュマルの樹のある広大な敷地で4歳までのびのび育つ。そうなのだヒロクニ氏は捩れに捩れ気根(ひげ)が幹と化したガジュマルの大木に棲むというキジムナー(木精)の落胤であると閃いた。

武内ヒロクニ展 40代の1971年〜'77年 まで知る人ぞ知るロックのメディアスポットVOXヒコーキ堂を南京町でやっていたらしいが、その他は何人かの佳人のヒモとして棲息してきた。
その画伯も68才。 膀胱癌、余命六ヶ月と宣告され、全摘出手術を前に脱出・遁走。尿による民間療法で生き抜いて2年半。辛酸なめ妻に甘え、夫であることを忘れ、もの食う人であることを忘れ、ひたすらアートへの思いに浸りきった挙句に存在そのものがB級アート化した巨匠である。

武内ヒロクニ展 嗚呼、なんの因果か私も15年も画伯の難解な風刺・難癖に耐えて付き合ってきた。私の忍耐のトレーナーである。
 でも、ここにしか存在しないもの、氏にしか表現できないものを飢え死を恐れず尿を飲み干してでもやり尽くすヒロクニ氏は凄いのだ。
小賢しいアッパーカルチャーの氾濫の中で傲岸不遜の地下生活者として、都市の喧騒と退廃と官能性を色鉛筆に留めよ。永遠に!!

◆1F deuxにて 11:00〜18:00
※最終日は〜16:00まで。

★開催決定!>7/29(土)17:00〜 「ヒロクニ画伯の野望」を問う
※詳細はASKサロンのお知らせをご覧下さい。

■会場の様子

会場の様子
 
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