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ブックレビュー 島田 誠(ギャラリー島田)
ブラジルから30年ぶりに故郷へ戻ってくきた津高先生の作品展をギャラリー島田で開かせていただき、大作6点を公立美術館へ寄贈し、収益の一部を刊行のために役立ててもらいました。
「アート・サポートセンター神戸の刊行物」 ■「アート・プロデュースの現状と課題」
ギャラリー島田&アートサポートセンター神戸メールマガジン ギャラリーの全景を360度見渡してみましょう。 『亀井純子文化基金』のページに基金の助成実績発表 |
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鴨居 玲(かもい れい) 上京の際、鞄に忍ばせていたのが、「没後15年 一期は夢よ 鴨居玲展」の図録である。丹念に記憶を辿りながら鴨居さんの作品を見る。巻頭には、昨年の海文堂ギャラリーでの鴨居展で記念講演をしていただいた伊藤誠さんの「鴨居玲とファン・ゴッホ」という興味深い優れた評論がある。自画像に固執した二人の近似性から、二人の死が自殺か、事故死かを推論しているが、この事実を解明することより、その謎の内に二人の創作の原点、あるいは人を引き付けてやまない秘密が潜んでいるからの興味にほかならない。 鴨居玲の切り裂いたカンバス
山本忠勝氏(神戸新聞)は鴨居の教会について興味ある指摘をしている
確かに鴨居さんは1969年から教会シリーズをはじめていて、この年の6点(カタログ・レゾネによる)は全て大地にしっかりと足をつけている。鴨居さんがカンバスを切り裂いた1970年は4点の教会があるが、同じである。そして問題の50号は鴨居さんとしては大作の部類に入る。その作品を切り裂いた意味は深い。榎さんは託されたこの作品を受け止めるように全く別の道を歩みながら「地球の皮を剥ぐ」「ギロチン・シェア―」「砲弾」「鉄砲」などの問題作を次々と発表し続けている。 鴨居玲略年譜(島田誠のの独断による)
当ギャラリーとの関わり
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