●藤崎孝敏の魔性
底知れない闇の中からかすかに仄(ほの)見える光。
明日なき人々が一縷(いちる)につなぐ命。
猥雑なパリの街ピガールの15年来の住人として彼らの友として生き、彼らをモデルとした藤崎孝敏の抗い難い魔性の魅力は、この街の魔性と重なる。
多くの日本人の画家がパリの魅力に取り憑かれ、ここに住み、ここで描いたが、氏のようにピガールの住民そのものとして暮し、彼らと心を通わせて描いた画家はいない。
氏の絵が、ぼくらの心を深く動かして止まないのは、人間存在の真実を見るからにほかならない。そのような絵を真っ直ぐに描く画家は稀有なのである。
島田誠
2001年10/29〜11/9ギャラリー島田1周年記念 藤崎孝敏展 案内状より
●残酷な視線、熱い愛 藤崎孝敏展 パリの貧困描く
絵の題は「裸体」。おそろしく直接的な言い方だ。少々悪魔的である。せめて?裸婦?とでもあれば、言葉の透明なベールがこの女性の最後の品位を守ってくれもしたろうに…。そして題から量れる通り、画家の視線はずいぶんきつい。成熟の極みを越えた肉体を遠慮なくゆるみかけた体刑に描き出す。だが画家はなんと狂おしくこの体を愛していることか!藤崎孝敏氏は残酷で、熱い。
パリのピガールといえばわい雑なかいわいとして有名だが、画家は好んでそこに住む。
貧困につぶれそうな人々をしつように描いている。絵の女たちはたぶん、大半が娼(しょう)婦である。感傷は一切ない。あるのは、ここまで生き延びてきて、今ここで生きている肉体の、あまりにもなまなましい量感と体臭と熱である。ほとんど「肉塊」といってもいい。
だがむろん、肉塊だけならこんなに心を打つことはない。「背を向ける娼婦」という小さな小品はなかでも佳品だ。女は今?仕事?を終えて、身じまいを始めている。やせた背中にはこの一夜の金で保証される明日への安堵(ど)そして恐らくは彼女の子供、彼女の夫への思いさえ透け見える。裸体が今、裸の女に帰り、人間に帰っていく。重荷を再び背負い直して。
神戸と東京で年に一回ずつ作品を発表する。だが日本の平穏な空気にはもうなじめないようである。明日がないかもしれない人々の中でこそ感じる霊感。アウトサイダー同士の共感。そこにあるのはやはり愛か?
山本忠勝
2001年(平成13年)11月7日(水)神戸新聞より
●−冷静なまなざしで精神の?渇き?描く 神戸で藤崎孝敏展−
現代人の体の中にまだ精神が生きる場所はあるのだろうか?「無い」と言ってしまえば恐らく、肉体の闇(やみ)の奥でまだ未練げにゴソゴソ動くものがある。だが逆に「有る」と言い切ると、今度はもぬけのカラがあらわになってくるかもしれない。藤崎孝敏氏が描き続ける男や女、そこには肉体から追われていく精神の絶望とあきらめと、それでも捨て切れないわずかばかりの希望がある。
四十五歳。パリの歓楽街のピガールに住む。本人に確かめてもごまかすだろうが、異常にモテる男のようだ。微妙な哀愁が目で揺れる。そして多分、モテる男が心にときおり潜めている世界への残酷なまなざしを彼も持つ。
描かれるのは酔いどれやホームレスや素性の定かでない女たち。しかもこの画家は多分、紋切り型の安易なヒューマニズムを軽べつしている。同情はない。肉体の奥で精神が乾いていくそのさまを冷徹に見つめ、えぐり出す。タブーの多い日本ではできない仕事だ。
「横たわる男」という大きな裸像の作品。路上で瀕(ひん)死の状態にあるのかもしれないし、死んだ直後かもしれない。残酷なのは、その若い男が肉体を享楽し尽くしてもいないし、精神を成熟させてもいないことだ。肉体も精神も中途半端なまま、そこで突然終わっている。
そう、同情はかけらもない。だが同じ場所にいる者の間の強烈な共感がある。
突然の終焉(えん)。その直前まで若い男が孤独に握り締めていただろうわずかな希望、握っていざるを得なかった精神の燃え残りへの、もはや役に立たない、焼けるような共感が。
山本忠勝
2000年(平成12年)11月8日(水)神戸新聞より
●−迫る 人間の切なさ−
=藤崎孝敏展=
パリの裏町にたたずむしがない男女の姿、憂いを宿した目を持つ労働者など藤崎が描く人間はどこか寂しげで切なさにうちひしがれたような雰囲気を漂わせている。
激情と、春雨に震える子犬のような繊細さを併せ持ったように見えるこの画家がパリのモンマルトルに移り住んで10年。画家の内側からほとばしり出る欲求を、油彩ならではの質感や陰影表現に完全に定着させたといえるだろう。
1955年熊本生まれ。87年に渡仏し、独学で絵を志す。細面の端正な顔立ちに鋭すぎる目、寡黙……。気難しくて近寄り難い印象を与えるが、「私のアトリエには名もない画家やホームレスが勝手に入って来ては絵の批評をして帰っていく。彼らは純粋だ」と語る表情には懸命に生きる人への優しさがあふれていた。
「描くのは、自分の内面を吐き出すため。だから、イメージが消えないように1枚を4,5時間で一気に仕上げます」という。赤や紺青に独特の色遣いを見せるが色彩も毎年微妙に変化しており今後の活躍が期待される。
有本 忠浩
1997年(平成9年)11月6日(木)毎日新聞(夕刊)より
最近のギャラリー島田での個展記録
2001年度
10月29日(月)〜11月9日(金) 藤崎 孝敏展
2003年度
10月25日(土)〜11月9日(日) 藤崎 孝敏 展 ―暁闇―
2004年
12月9日(木)〜12月19日(日) 藤崎 孝敏 展
2006年
3月4日(土)〜3月15日(水) 藤崎孝敏展「ふたたびの今」
2007年
6月9日(土)〜6月20日(火) 藤崎孝敏展「いたわりの鏡」
2008年
4月19日(土)〜4月30日(水) 藤崎孝敏展「Semuy 私の住む田舎」